谷村のおススメ本
私にとって幸運なことですが、私の研究室に大学院生として入りたいと言って新たに訪ねてくれる学生さんが、だいたい毎年います。そういう人のために、大学院進学前あるいは進学後にこんな本を読むといいよと思う本をリストアップします。これら全部を読むことが必須だとは言いません。この中から自分の知識を補強したいと思う分野の本を選んで勉強してもらえばよいと思います。私自身、通読できている本の方が少ないです。勉強方法としては、数多くの本をちょっとずつ読むよりも、少しの本をじっくり読んだ方がよいと思います。別に谷村研究室に入ろうと思っていない人でも読んでもらえたら得るところのある本だと思います。なお、「ここに挙げた本は誰でも面白く読める」と私は請け合うことはできません。人によって合う・合わないはあると思います。また、「この本を挙げて、あの本を挙げていないのは不見識だ」と思われるかもしれません。あくまで、私の視界に入った本を私の趣味で選んでいますし、うちの研究室の学生に勧めるという想定で選んでいます。このリストはあくまで暫定的なものであり、今後、増補していきたいと思います。なお、お気づきになられているかと思いますが、私はいつも htmlファイルを直打ちしてウェブページを書いており、飾り気のないプレーンなページとなっております。
(2020年7月3日 谷村省吾)
電磁気学のコーナーを追加しました。幾何学関係で Nakahara の本とスターンバーグの本を追加しました。また、ところどころ修正・追記しました。
(2020年7月7日)
- 量子力学
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谷村省吾『量子力学10講』名古屋大学出版会 (2021)
手前味噌ですが、大学生が最初に読む量子力学の本としてには、これが最も適切、というか、最もやさしい本だと思います。線形代数の知識さえあれば、というよりも、線形代数を学んだけどもよくわからなかった、という人に最適だと思います。本に書ききれなかった細かい解説および本書の正誤訂正を 補足ノート として公開してあります。
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ファインマン、レイトン、サンズ(砂川重信 訳)『ファインマン物理学 5:量子力学』岩波書店 (1990)
名著だと思います。物理として量子力学をやるのであれば、一度は読んでほしいです。
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J. J. Sakurai, "Modern Quantum Mechanics". Addison-Wesley (1985)
1st edition の方がよかった気がします。
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竹内外史『線形代数と量子力学』復刊、裳華房 (2009)
「線形代数の一番よい応用は量子力学で、量子力学を勉強してみて初めて線形代数の概念の発生理由がわかることが多いので、この様に量子力学に飛びこむことは線形代数の理解のためにも望ましいことと思う」とまえがきに書いてあります。第1章は線形代数、第2章は量子力学、付録は量子論理、という3部構成の特徴ある本です。
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上田正仁『現代量子物理学:基礎と応用』培風館 (2004)
物理的な例示の豊富な本です。
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湯川秀樹ほか『現代物理学の基礎 3, 4:量子力学』新装版、岩波書店 (2011)
何度も版を改められている本です。いろいろな観点から書かれていて、読むたびに新たな発見があります。
- 量子論の概念的問題
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ニールス・ボーア(山本義隆 編訳)『因果性と相補性』岩波書店 (1999)
これは量子力学の教科書ではありませんが、量子論に独特の概念について深く考え論じられています。現代の物理学者たちが問題にしていることを、ボーアはほとんど見越していたとさえ思えます。
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筒井泉『量子力学の反常識と素粒子の自由意志』岩波書店 (2011)
これも教科書ではありません。私は「誰でも知っていることの信用を打ち崩して “あなたはわかっているつもりになっていただけで、本当はわかっていなかったのだ” と人を惑わせることにしか役に立たないパラドクス、自身の視野狭窄・思考制限に気づいていない人間だけが不思議がり、しかし、ものを知っている人から見ればいまさら考える必要のない、余計なパラドクス」を忌み嫌います(やたらと具体的に表現しましたが、本当に嫌いです、そういう議論が好きな人はやってくださればけっこうですが、私が巻き込まれるのはまっぴらです)が、「知らなかったことについて深く考える契機になるパラドクス」は尊重します。これは「深く考えさせられ、いちおう解決した後でも不思議な余韻が残る」という良質なパラドクスを提供してくれる本です。
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マーミン(町田茂 訳)『量子のミステリー』丸善 (1994)
マーミンは物性物理の理論家でしたが、後に量子基礎論的な論文も書くようになり、さらに量子情報科学にも関心を広げました。この本は、学術書ぽくない語り口の本ですが、マーミンはあえてそういう語り口を選んだと書いています。
- 量子力学の数学的基礎
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J. v. ノイマン(井上健ほか共訳)『量子力学の数学的基礎』みすず書房 (1957)
数学者が物理学者に量子力学を解説するとこうなるという本だと思います。けっこう物理っぽい考察の多い本です。そのぶん、物理学者の目から見ると「さて、そうだろうか?」と思える部分があり、つっこみながら読んだ方がよいと思います。
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吉田耕作、河田敬義、岩村聯『位相解析の基礎』岩波書店 (1960)
位相解析は関数解析とも呼ばれます。関数解析は、関数を1点とみなし、関数と関数の間の距離や内積を定め、関数全体の集合を任意の2点間の距離が定義された(一般には無限次元の)空間とみなして、この空間に作用する線形作用素を分析する数学です。あるいは初めからそのような空間を抽象的に定義して、そこから展開される一般論が位相解析だと言ってもよいです。位相解析はフーリエ級数や偏微分方程式や量子力学の演算子の固有値問題などの基礎になっている数学です。また、線形位相空間は群の表現論の舞台にもなります。この本は、もともと3冊だった本が1冊に束ねられた本です。それゆえに自分の関心のあるところだけでも読める本になっていると思います。名著だと思います。
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新井朝雄『ヒルベルト空間と量子力学』改訂増補版、共立出版 (2014)
物理の人が気にせずにスルーしてしまいがちだけども数学としては注意すべきことがきちんと書かれている本です。
- 場の量子論
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J. J. Sakurai, "Advanced Quantum Mechanics". Addison-Wesley (1967)
相対論的場の量子論の教科書です。主としてディラック場と電磁場の量子化を扱っています。つまり QED (Quantum Electrodynamics) の教科書です。古い本ですが、著者の優れた物理的洞察の窺える本です。この時代の習慣で、時間座標が x_4 = ict という虚数になっています。その点だけ注意して読む必要があります。訳本も出ています。
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C. Itzykson and J.-B. Zuber, "Quantum Field Theory". McGraw-Hill (1980)
重厚な教科書です。いまは Dover から廉価版が出ています。
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九後汰一郎『ゲージ場の量子論 1, 2』培風館 (1989)
非可換ゲージ場の量子論の教科書として日本ではよく知られていると思います。
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M. O. Scully and M. S. Zubairy, "Quantum Optics". Cambridge University Press (1997)
QED (Quantum Electrodynamics) を勉強して Quantum optics を勉強しない手はありません。量子光学もやっておきましょう。
- 代数的量子論
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梅垣壽春、大矢雅則、日合文雄『作用素代数入門:Hilbert空間よりvon Neumann代数』復刊、共立出版 (2003)
いろいろなことが圧縮して書かれている、という感じですが、この分野の取り掛かりにちょうどよい本だと思います。
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荒木不二洋『量子場の数理』岩波書店 (2001)
いまは岩波の現代物理学叢書に収められています。難しい本だと思います。日本語で読める、代数的場の量子論の数少ない教科書です。
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谷村省吾『21世紀の量子論入門』理系への数学(現代数学社)2010年5月号から2012年4月号まで連載
代数的方法で量子力学を定式化・構築するという試みです。現在、最も普及している量子力学の定式化は、ヒルベルト空間と演算子にもとづくフォーマリズムですが、このやり方だと、天下り的にヒルベルト空間を導入しなければならない、純粋状態と混合状態の区別が恣意的、波束の収縮にまつわるパラドクスを真に受けやすい、などの不都合があると思います。代数的量子論は、ヒルベルト空間を天下り的に導入せず、物理量の概念から理論構成をスタートして、必要とあればヒルベルト空間は後づけで構成できる、という定式化になっています。このやり方だと、量子力学と古典力学をほぼ同等の土俵の上で論じることができる、複素数の確率振幅を導入せずに確率を論じることができる、相転移も扱いやすい、などの利点があります。この連載記事、単行本として出させていただくことを計画していますが、単行本化に関して私の作業が遅れに遅れています・・・
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O. Bratteli and D. W. Robinson, "Operator Algebras and Quantum Statistical Mechanics 1, 2". 2nd ed, Springer (1987)
作用素代数についての本格的な教科書です。大部な本ですので、通読・精読は大変だと思います(私は通読していません)。しかし、読めばわかるように書かれている本ではあります。チャレンジしがいがあります。(2021年3月4日追記)
古典力学
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H. Goldstein, "Classical Mechanics". 2nd ed, Addison-Wesley (1980)
2nd edition がよかったと思います。これくらい古典力学を理解されていると安心感があります。
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V. I. アーノルド(安藤韶一、蟹江幸博、丹羽敏雄 訳)『古典力学の数学的方法』岩波書店 (1980)
いい本です。微分幾何学・シンプレクティック幾何学の入門書にもなっています。
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R. Abraham and J. E. Marsden, "Foundations of Mechanics". 2nd ed, Benjamin/Cummings (1978)
微分幾何学的に定式化された古典力学の、一つの頂点になった本だと思います。気前の良いことに、Caltechのライブラリで全ページ無料で公開されています。
熱力学
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田崎晴明『熱力学:現代的な視点から』培風館 (2000)
日本では最も有名な熱力学の教科書だと思います。論理的に洗練された熱力学の理論構成を提示しています。
統計力学
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田崎晴明『統計力学 1, 2』培風館 (2008)
近年、エルゴード仮説に依拠せず、典型性(typicality)の概念に基づいて統計力学を構築しようというムーブメントが盛んですが、教科書レベルでそれを実践した本だと言えます。基礎づけは斬新で、内容は標準的と言えると思いますが、随所に著者の深い物理的洞察が見られます。
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R. P. Feynman (notes taken by R. Kikuchi and H. A. Feiveson; edited by J. Shaham), "Statistical Mechanics: a set of lectures". W. A. Benjamin (1972)
あのファインマンが統計力学の講義をしていたのか、と私はちょっと意外に思いましたが、生き生きと物理を語っている様子が伝わってくる本です。統計力学の理論的枠組みを延々と講義するという感じではなく、物性物理への応用が主テーマになっています。場の量子論の方法も非常に手際よく簡潔に解説されていて、非相対論的場の量子論の入門書としても使えると思います。日本語訳も出ていますが、私はこの本の訳本は読んだことがありません。
電磁気学
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E. パーセル(飯田修一ほか訳)『バークレー物理学コース:電磁気』初版、丸善 (1970)
著者のエドワード・パーセルは核磁気共鳴(nuclear magnetic resonance, NMR)を発見した功績により1952年にノーベル物理学賞を受賞した人です。著者の見識・経験を反映してか、この本は理論面と実験面の記述のバランスがよく、演習問題の細部にわたってまで深い洞察が窺えます。とまで言うなら、監訳者の飯田修一氏にも言及しないわけにはいかないので紹介しますが、飯田修一氏は東京大学の物理学の教授として主に磁性体の実験研究をしていた人です。後年、独自の「新物理学体系・飯田物理学」を提唱しました。もちろんパーセルの訳本の本文中には飯田氏の個性は現れませんが、とくに飯田氏が翻訳を担当した第10章(物質中の磁場)の章では、パーセルと飯田氏の間に見解の齟齬があり、訳注が多いです。上級者なら訳注も検討課題にすることができるでしょうが、初学者は戸惑うかもしれません。原著では CGSガウス単位系が使われていましたが、訳本では MKSA単位系(SI系)の表記も併記されています。私自身は、非の打ちどころのない完璧な教科書が好きですが、つっこみどころや悩みどころのある本(そういう本です、ということがわかるようになっているなら)も楽しめます。この本は、一部に関してはそういう「しかけ」がありますが、全体的に教育的配慮の行き届いている良書です。
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今井功『電磁気学を考える』サイエンス社 (1990)
今井功氏は流体力学の権威です。今井氏は、電磁場をエネルギーや運動量の担い手である力学的媒体とみなし、流体力学的観点から電磁気学全体を再構築することを試みました。このアプローチは大きな成功を収め、その後、電磁気学の考え方・教え方に大きな影響を与えました。近代以降、電磁波の仮想的な媒体としての「エーテル」の存在が否定されてからというもの、場を力学的実体とみなす流儀は時代遅れの力学主義的観念として退けられましたが、今井氏は力学的なエネルギー・運動量保存則からマクスウェル方程式を導出してみせたり、力学的解釈は相対論にも抵触しないことを示したりしています。また、物質中の平均場の扱いが斬新です(私は今井氏の扱いにまだ不満ですが)。
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北野正雄『マクスウェル方程式:電磁気学のよりよい理解のために」新版、サイエンス社 (2009)
電磁気量の幾何学的記述・描写や電気回路・磁気回路の模型と超関数的扱いなど、実際の問題・数学的定式化・視覚化などをバランスよく盛り込んだ良書です。こういう本を読むと、電磁気学は「完成されて進歩が止まった学問」ではなく、学び方・納得のしかたまで含めて現在進行形で発展し続けている学問だという気がします。いくつかの本にはアブラハム・ミンコフスキー問題という電磁気学の未解決問題(解決した、と何度も言われていますが、未解決だと思います)もあり、この問題に触れている本は程度が高いと思います。
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太田浩一『電磁気学の基礎 1, 2』東京大学出版会 (2012)
何回か出版社を変えて再発行されています。著者はどのような公式や用語も初出の文献をつきとめてから本に書くという態度を貫いており、結果的に、典拠に関して恐ろしく正確な本になっています。他書で電磁気学を一通り勉強した人でも、この本を読むと新たな知識を次々に得ることになると思います。
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F. W. Hehl and Y. N. Obukhov, "Foundations of Classical Electrodynamics: Charge, Flux, and Metric". Birkhaeuser (2003)
古典電磁気学を徹底的に微分幾何学の方法で構成するという本です。場の古典論のプロ向けの本です。
相対性理論
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シュッツ(江里口良治、二間瀬敏史 共訳)『相対論入門(上巻 特殊相対論;下巻 一般相対論)』丸善 (1988)
私は第1版の訳本しか読んでいないので、第2版や英語版については評価できないですが、微分幾何学入門と相対論入門とを兼ね備えた、バランスのよい本だと思います。
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C. W. Misner, K. S. Thorne, J. A. Wheeler, "Gravitation". W. H. Freeman and company (1973)
通称「黒い電話帳」(電話帳が死語ですね)。私の世代の人間にとっては、一家に一冊は置いておきたい、あこがれの本でした。イラストが豊富でページをめくるだけでも楽しめます。
位相空間論と微分幾何学
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志賀浩二『位相への30講』朝倉書店 (1988)
数学者になるのでなければ、general topology の知識はこの本だけでよいのではないかと思います。今では丸善の eBook Library でも扱われています。
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I. M. シンガー、J. A. ソープ(松江広文、一楽重雄 共訳)『トポロジーと幾何学入門』培風館 (1976)
見かけは薄いですが、中身は濃い本です。きちんとした内容をわかりやすく伝えています。この本を読んで私は、数学って面白いなと思いました。
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矢野公一『距離空間と位相構造』共立出版 (1997)
距離と位相というテーマだけで一冊本が書けるのか?と思うでしょうけど、そういうもんです。気になった項目だけでも読める本だと思います。
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M. Nakahara, "Geometry, Topology and Physics". A. Hilger (1990)
中原幹夫氏のヒット作と言える著書だと思います。タイトルどおり、物理学科の学生にちょうどよいレベルの微分幾何学とトポロジーの教科書です。私は大学院生だったときにこの本を読みました。初めて中原氏にお会いするときには、この本を持って行ってサインしてもらいました。その本には "Everything you ever wanted to know about geometry and physics (but were too afraid to ask)" という中原氏の書き込みをいただきました(「幾何学と物理学について君が知りたかった(しかし恥ずかしくて訊けなかった)ことのすべてがここにある」、谷村による訳)。後に、『理論物理学のための幾何学とトポロジー』と題する訳本が出ています。
この洋書についてのエピソードですが、映画「リング」と「らせん」(1998年 劇場公開)で、真田広之が演じた数学者「高山竜司」の机の上に Geometry, Topology and Physics が置いてあるシーンがあります。写真では、本の背表紙の白地に黒文字の NAKAHARA と、緑色のマージン部分に白文字の Adam Hilger の部分が写り込んでいます。NAKAHARA本の左には谷口雅彦・松崎克彦『双曲的多様体とクライン群』、"Elementary Topology" Dover も認められます。左端から2番目には裳華房らしき本があります。おそらく松島与三の『多様体入門』ではないかと言われています。背表紙の濃緑色の色合がいかにも裳華房ぽいですし、金文字で「松島与三著+裳華房マーク」だと思うと、文字の密度感がぴったりあてはまります。右端の本は "Algebraic Topology" Springer でしょう。「高山竜司」はノートに(この写真には写っていませんが別のシーンで現れる黒板にも)ホモロジー代数らしき数式を書いています。これは「リング」のラストに近いシーンで、この後、高山は貞子に呪われて死んでしまいます(「リングとらせん」で最も有名な戦慄のシーン)。数学書の紹介としては完全に脱線してしまいましたが、非常にまれで興味深いエピソードです。ちなみに、NAKAHARA本の「リング」登場は、中原幹夫氏自身が映画のビデオを観ていて発見したそうです。という話を私は中原さんから聞きました。「急に映画の世界に引きずりこまれる気がした」とおっしゃっていました。写真も中原氏がキャプチャしたものをもらいました。
『リング』(1998年 劇場公開、監督 中田秀夫)のワンシーン。数学者「高山竜司」が向かっている机の上。
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谷村省吾『理工系のためのトポロジー・圏論・微分幾何―双対性の視点から』サイエンス社 (2006)
私が書いた本です。易しいだろうと思います。電子版が販売されています。
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谷村省吾『幾何学から物理学へ―物理を圏論・微分幾何の言葉で語ろう』サイエンス社 (2019)
やっていることは微分幾何学の解説と、物理(電磁気学と解析力学)への応用事例の紹介です。電子版が販売されています。
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小林昭七『接続の微分幾何とゲージ理論』裳華房 (1989)
ゲージ場の古典論に相当する数学理論です。主題はファイバー束と接続の理論です。リーマン幾何学も簡潔に解説されています。
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スターンバーグ(高橋恒郎 訳)『微分幾何学』吉岡書店 (1974)
私自身が微分幾何学が好きなので、偏った紹介になってしまうかもしれませんが、この本も素晴らしい本だと思います。微分幾何学の解説も充実していますが、ハミルトン力学や変分法にも言及しています。
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藤原彰夫『情報幾何学の基礎』牧野書店 (2015)
情報幾何学は、リーマン幾何学あるいは接続の幾何学に毛が生えたようなものです。ですので、一通り微分幾何学を勉強したら、もう一歩足を伸ばせば情報幾何学にも踏む込めます。この本の著者は丁寧・親切にこの本を書いたと思います。
群論と群の表現論
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谷村省吾『液晶科学者のための群論入門 1, 2, 3』日本液晶学会誌11巻3号,4号,12巻1号に連載 (2007, 2008)
「群論って何ですか?全然知らないんですけど」という人はとりあえずこれを読んでください。
1回目
2回目
3回目
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小林俊行、大島利雄『リー群と表現論』岩波書店 (2005)
物理でよく使うのは、群論そのものではなく、群の表現論です。この分野もよい本がたくさんありますが、「お手軽な本」はなかなかなく、この本も重厚です。ピーター・ワイルの定理というのが群の表現論の一つの山場になっているので、そこまでたどり着くと眺望が開けると思います。
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大貫義郎『ポアンカレ群と波動方程式』岩波書店 (1976)
相対論的な対称性はポアンカレ群であり、相対論的素粒子の対称性はポアンカレ群の射影ユニタリ既約表現で記述されます。数学的には群の誘導表現にあたります。これもとてもよい本だと思うのですが、時間座標は x_4 = ict の流儀です。
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辰馬伸彦『位相群の双対定理』紀伊國屋書店 (1994)
この本を読めれば、相当のものだと思います。
圏論
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谷村省吾『物理学者のための圏論入門』 (2017)
圏論を全然知らない人は、まずこのノートを読んでください。
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T. レンスター(土岡俊介 訳)『 ベーシック圏論:普遍性からの速習コース』丸善出版 (2017)
圏論に関しては、いまのところこの本が最良の入門書だと思います。原著
T. Leinster, "Basic Category Theory" がなんと無料で arXiv で公開されています。
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S. マックレーン(三好博之、高木理 訳)『圏論の基礎』丸善出版 (2012)
圏論の標準的・世界的な教科書です。もちろん原著 S. Mac Lane, "Categories for the Working Mathematician" もよい本です。
論理
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前原昭二『記号論理入門』新装版、日本評論社 (2005)
数学の一分野としての論理学も一度は勉強しておくとよいでしょう。
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前原昭二『数学基礎論入門』朝倉書店 (1977)
ゲーデルの不完全性定理は知っておきたいです。ゲーデルの不完全性定理を知ったかぶりする人は多いし、知ったかぶりで生半可なこと言う人を手厳しく批判する人も少なからずいるので、よく知らないのに知ってるふりのもの言いはよしましょう。
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前田周一郎『束論と量子論理』槙書店 (1980)
数少ない、量子論理の和書。紹介しておいてこういうことを言うのは何ですが、量子論理を研究の道具として使うのはなかなか難しいと思います。物理学として関心のあるたいていの問題は通常の量子力学でやれることであって、「量子論理をもってしてはじめてやれること」を見つけるのが難しいです。しかし、素朴に考えれば合理的思考の揺るぎない基盤であるように思える論理というものについて、古典論理のほかに量子論理という別の基盤があるという点は見知っておく価値があると思います。むしろ量子論理がこの世界の原初的論理だとすると、ではどうして古典論理を絶対的真理と思うような我々の世界が出現したのか?ということの方が問題になります。私自身にはこっちの方が関心事です。
科学哲学
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伊勢田哲治『疑似科学と科学の哲学』名古屋大学出版会 (2003)
科学哲学は、もともとは「科学者が科学について哲学的に考えたこと」でしたが、その後「哲学者が科学について、科学ってこういうもんじゃなかろうか、と考えること」「科学をお題にした哲学的議論」になったようです。なので科学者たる私から見ると「そういうふうに見える面もあるよね、だけどそれだけって思われちゃうと的外れなんだけど」という感じの話になっています。全面的賛成か絶対反対かということにはならないと思いますが、なるほどと思うところもあります。哲学全般がそういうものなのかもしれません。伊勢田氏のこの本は、一方的な観点を押し付けようとするものではなく、非常に公平な立場で書かれていると思います。
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戸田山和久『科学的実在論を擁護する』名古屋大学出版会 (2015)
「実在論 vs. 反実在論」は科学哲学の大きな論争テーマらしいですが、それについての総括的な書物です。
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戸田山和久『哲学入門』筑摩書房 (2014)
「哲学入門」と銘打っていますが、中身は伝統的な哲学を紹介しているふうではなく、トダヤマセンセイご自身がテツガクというのはこういうことをやるガクモンであってほしいと思っていらっしゃることを実践しているとしか思えない本です。非常に挑戦的で面白いと思います。これと同じことを私が物理学に対してやれるか(タニムラがかくあれかしと思っているブツリガクをゼロから創り上げて「物理学入門」という本を書けるか)というと、無理だと思います。私は現行物理学に対してそこまで不満はありませんし。
生物と人類
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リチャード・ドーキンス(日高敏隆、岸由二、羽田節子、垂水雄二 共訳)『利己的な遺伝子』40周年記念版、紀伊國屋書店 (2018)
生物学界のみならず社会・思想界に大きな影響を与え続けている本だと思います。この本に書かれている内容は、現代人が知っておくべき基礎教養と言ってよいと思います。
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ジャレド・ダイアモンド(倉骨彰 訳)『銃・病原菌・鉄:一万三千年にわたる人類史の謎 上、下』草思社 (2000)
これも人々の社会観・文明観に大きな影響を与えた本だと思います。
論文の作法・テクニカルライティングの教本
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木下是雄『理科系の作文技術』改版、中央公論新社 (2002)
世の中に作文技術や論文作成の作法についての本はごまんとあります。それは、多くの人がいきなり論文を書こうとしてもうまく書けない、というか、往々にしてひどい論文を書いてしまうからです。卒業論文や修士論文を書き始める前に必ず少なくとも1冊はレポートや論文の文章作法についての本を読んでください。そんな本は本屋に行けば何種類もありますので、自分が読む気が起きそうな本を選んでくれたらよいです。とくに英語で論文を書くつもりの人は、必ず英語論文作成についてのガイドブックを読んでください。整った文章を書けるようになるためには、作文教本を読むのも有用だろうと思いますが、おそらく一番大切なのは、お手本になるような本や論文を(日本語なら言葉づかい、英語なら冠詞や複数形の使い分けのようなローカルなところから、全体の文章構成まで)丁寧に読み込むことだろうと思います。原稿を人に読んでもらってコメントしてもらうのも大事なことだと思いますが、往々にして迷惑をかけることになるので、人に見せられる文章にしてからにしましょう。完全に手放すまでに自分の文章を10回くらい推敲した方がよい、というか、それくらい推敲してしまうものだと私は思いますし、完成版となった文章を後で読む気が起きない(読み飽きているし、それでもなお不満な点が見つかって腹が立ってくるのでもう読みたくない)くらいになっているのが普通だと私は思います。
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戸田山和久『論文の教室:レポートから卒論まで』新版、NHK出版 (2012)
このジャンルにしては珍しく「笑って読める」本だと思います。ただ、研究論文の書き方を学ぶことと、研究することは、まったく別とは言いませんが、かなり別のことですので、その点だけは注意してください。作文技術の類の本は、手順さえ間違えなければすぐに論文が書けるような錯覚に陥らせるところがあると思いますが、それは錯覚ですからね。
伝記・啓蒙
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細谷暁夫ほか『龍雄先生の冒険:回想の内山龍雄:一般ゲージ場理論の創始者』窮理舎 (2019)
内山龍雄は一般相対性理論とゲージ理論の研究で有名な物理学者です。豪快な人柄で知られ、数多くの伝説を残しています。これは内山先生の同僚や部下や学生だった人たちが書いた内山先生についてのエピソードの文集です。内山先生の豪快な生きざまを知ると、小さなことに心を煩わせることがばかばかしくなり、もっとおおらかに生きようという気持ちになると思います。
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ポアンカレ(河野伊三郎 訳)『科学と仮説』改版、岩波書店 (1959)
数学者であるポアンカレは科学について何冊か啓蒙書を書きました。こういうのも科学哲学のはしりと言えるかもしれません。
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ポアンカレ(吉田洋一 訳)『科学の価値』岩波書店 (1977)
ポアンカレシリーズの中の1冊です。
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R. P. ファインマン(江沢洋 訳)『物理法則はいかにして発見されたか』岩波書店 (2001)
私は大学3年生のときにこの本を読んで「自分も物理学者になろう」と決心しました。昔はダイヤモンド社から出ていましたが、いまは岩波現代文庫に収められています。
追加の欄
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Last modification: Aug 22, 2022